運営者プロフィール

運営者プロフィール

このサイトを運営している、自称インフルエンザとお友達の「デンタック」です。

私が初めてインフルエンザに見舞われたのは小学3年のころ、あの辛さは今も忘れることのできない思い出となっています。

普段から私は学校をずる休みしがちなやんちゃ小学生でした。
しかしその日は違ったのです。

朝起きた時点で、人生10年間生きてきた中で最も辛い寒気、頭痛。
高熱のせいか熱いのか寒いのかも分からなくなるほどの体調に合わせてやってくる関節痛。

このまま死んでしまうのではないかと思ったほどインフルエンザは辛いものがありました。

母親に連れられ、地元の町医者に行くとそこには同じく学校を休んだ「まさのり君」や「まさや君」も苦しんでおり、医師から下された診断は「インフルエンザ」
これがインフルエンザなんだ、、、辛い。。。そう思いながらも、同じくインフルエンザと戦っている同級生を想像しながらウイルスと戦ったのは今思えば良い思い出です。

もともと祖父が歯科医、父は内科医と言うこともあり物心ついたころには私自身も医師を目指していました。
中学こそ公立だったものの、高校は地元でも有名な進学校、そのまま医学部のある大学へ進学しようと思っていましたが、医学部の大学受験はそう簡単なものではなく、何度受験しても失敗続き…。

そんなこともあって、大学を結果3度受験するも入学することはできず、月日は流れ会社員として働いていた私に再度あの悪夢が襲ってきたのです。

そう。
インフルエンザ。

私は瞬く間にして、小学3年の頃を思い出しました。
これはやばいと。

小学校3年生にして、「死」を覚悟した経験のある私にとって、インフルエンザの症状は「辛い」よりも「恐怖」の方が勝ってしまい、何とかしなければと思い、すぐに病院に向かいます。

足取りは早く、周りからは何をそんなに急いでいるのかと、冷たい視線を浴びせられているのが直感的に感じるも、こっちはそれどころではありません。
インフルエンザを拡散させてしまうかもしれない、自分もこのまま生きていられるのか。

そんな不安を背に到着した病院は我が家のデンタック内科医院(仮名)でした。

父親であるデンタック父にインフルエンザの危険性があることを伝え、取り出されたのは私の天敵、あの「綿棒型検査薬」

鼻の奥に入れる事で、インフルエンザウイルスが最も付着するなどの理由で検査は進み、やはり結果はあの時と同じインフルエンザA型でした。

すぐに治療薬を服用して、対応も早かったこともあってか今回は苦しまずに事なきを得ることができました。

その時に思ったのです。
父にしてカッコいいと…。

そんな偉大であり、人生の中で最も尊敬する父親から放たれた一言。

それは…。

「デンタック、お前もう1度医師を目指してみないか?」

これまで迷惑をかけてきた父、そして何よりもインフルエンザを治療できる医師になりたいと言う過去の自分がよみがえり、今は会社員を辞め予備校に通いながら東京大学医学部を目指している。
それが私、デンタックです。

サイト運営は初めてですが、自分なりの言葉と表現を使って、インフルエンザの危険性から治療法、対策などを発信していきます。

今はネットのお医者さんですが、いつか本物の内科医になれたときに自分のHPを持つことを夢に日々勉学励む26歳です。

インフルエンザの詳細